火星居住基地の怪死

 

 

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外森博士(いらすとやより) と 細胞自殺(アポトーシス、mふじと画)

上図: 「今回登場する生化学者の外森です。 
 夏目田博士の依頼により、病死患者の病因を突き止めるために共同研究に参加します。

 着ているのは和服です。先祖が地球の日本人で、譲り受けて月基地へ、さらに私が譲り受けて火星基地に大切に保管してあります」

 

 

下図: 細胞死には、ネクローシス(細胞壊死)とアポトーシス(積極的、機能的細胞死)の2種類がある。 

 アポトーシスとは、いわば細胞の自殺である。 画に示すように、正常細胞には中心にDNAを含む核があり、その核内で濃縮が起こり、次いで細胞内に分散していく。 

 生物が健全性を保つために必要で、個体が発生する時に臓器や組織の余分な細胞の除去、癌化細胞の除去、内部異常の細胞の除去、自分の体を攻撃する免疫細胞の除去において認められる。 したがって、アポトーシスが正常に起こらないと神経変性疾患、癌、自己免疫疾患などの異常が起こる。 

 アポトーシスには細胞の中の酵素であるカスパーゼが働く。

 

  

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目次

第一章:腫瘍の分離
第二章:火星居住基地での奇妙な死者
第三章:遺族への聴き取り
第四章:グルメクラブへの訪問

第五章:食の調査(以上済んだよ)
第六章:死因の調査(今回)
第七章:ウイルスと病因
第八章:エピローグ

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・・・ 夏目田は、元来医学研究目的であった担癌動物システムが、地球からの食糧供給がほぼ絶たれた月居住基地において、どのような経緯で食料供給策の開拓においても利用されたか調査し始めた。 

 そもそも限られたスペースの移住基地での牛豚のような大型家畜の飼育は、無理なのである。

  

(以上前回まで。) 

 

 

第六章:死因の調査

 

 月及び火星居住基地での死因不明の遺体は原因究明のための後日の分析用に保存される。 

 限られた居住空間で限られた数の人類が生存していくためには、死因は解明されなければならない。 死因が解かれば対処法も考えられ、同じ病人が出た場合に居住民の生命を救える可能性が高められる。 地球外での人類の生存を継続していくためには、惑星基地の居住民の全滅は絶対に防がねばならない。 健康な居住民に次々と広がるような病気は原因を究明し、遮断しなければならない。 

 

 夏目田博士は死因究明のため、生化学者の外森博士に共同研究を依頼した。 病死した患者体内の各種生物活性を調べ、異常な点があれば病因を絞り込むのに役立てようということだった。 

 まずA氏の遺体を調べた場合には、傷害の見られた臓器の細胞内部では自殺活性が高くなっていることが見つかった。 

 実は、細胞の自殺は生物の体の中で不要になった細胞が除去される重要なメカニズムであり、それにより健全性が維持される。 つまり、生物個体の発生における臓器・組織の余分な細胞の除去、癌化細胞や内部異常の細胞の除去、自分の体を攻撃する免疫細胞の除去などである。 従って、正常な細胞自殺が起こらないと体に様々な異常が起こってくる。 

 A氏の場合には、細胞自殺の誘導に関係している一種の酵素の活性も異常に高くなっていた。 つまり、何らかの理由で臓器を構成する細胞が自殺した結果、その臓器の機能が働かなくなりA氏は死亡したのではないかと推測された。 

 この可能性を検討するために、夏目田と外森両博士はB氏及びC氏の遺体の臓器サンプルの分析依頼を月基地当局に申請した。 B氏とC氏の病因がA氏と同じであれば、やはり傷害のあるB氏とC氏の臓器の細胞自殺活性や関連した酵素活性が高くなっているはずである。

 

 臓器に傷害を起こす原因物質として、重金属のような中毒物質や食中毒菌からの毒素も可能性があったが、臓器サンプル中には毒性物質は検出されなかった。 つまり、重金属と細菌性食中毒はA氏の臓器傷害の原因の可能性からはずしてもよさそうである。

 

 夏目田の頭の中では、グルメクラブという共通点から食事の関与の可能性が次第に気になり始めていた。 しかしながら、グルメクラブのメンバーが特別な、違法な物を食材に使用しているとは考えられなかった。

 

(次回に続く)