火星居住基地の怪死

 

 

f:id:herakoimFujito:20201009163510p:plain
f:id:herakoimFujito:20201109173749p:plain
f:id:herakoimFujito:20201109173708p:plain
左図:夏目田博士、中図:里柴博士、右図:ウイルス(HIV) (いらすとやより)

お馴染みの登場人物二人で、怪死の病因を探っている。 

図のウイルスは本文中に出てくるレトロウイルスの仲間。 ウイルス遺伝子は蛋白や脂質膜でできた殻で包まれている。 ウイルス遺伝子によりウイルス粒子を作る部品が作られるが、遺伝子に変異が起こり部品が作られなくなると完全な(感染できる)ウイルス粒子ができない。

 

 

追伸2015年制作の米映画の”オデッセイ”はリドリー・スコット監督、マット・デイモン主演の映画である。 火星探査の一員が取り残されるが、創意工夫で生存し、やがてその生存を知った地球や火星探査の仲間によりレスキューされる話。 主人公は生き延びるために火星地表面でさまざまな活動をする。 2021年火星探査機からの火星表面の実映像を見られる昨今、2015年当時に作られた映画の火星像と見比べるのは大層興味深い。  

 

   

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目次

第一章:腫瘍の分離
第二章:火星居住基地での奇妙な死者
第三章:遺族への聴き取り
第四章:グルメクラブへの訪問

第五章:食の調査(以上済んだよ)
第六章:死因の調査(今回)
第七章:ウイルスと病因
第八章:エピローグ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

  

   それに、数は少ないから結論付けられないが、培養肉を食べてもウイルス感染はやはり起らないようだ。 

   やはり、げっ歯類との接触でウイルスが絡んでくるのだろう。

 

(以上前回まで。) 

 

 夏目田博士は感染症学・免疫学ユニットの柴里博士を訪問し、火星居住基地民の原因不明の病死について検査結果を示し、病気発症のメカニズムについて相談した。

 

 病死した居住基地民はおそらくウイルス感染により臓器が傷害されたことによるらしいということ。 

 ウイルスは齧歯類由来のレトロウイルスらしく、病死居住基地民にはさらにその変異ウイルスが共通して検出されること。 

 ただし、変異ウイルス自体はウイルスとして不完全で、単独で感染能力をもつウイルスとは成り得ない。 つまり、変異ウイルスの遺伝子は部分的にはウイルスを作る部品の一部を作れるが、他の細胞に感染できるような完全なウイルスになるためには、同じ細胞に感染しているレトロウイルスの部品を一部使わせてもらう必要があるのである。     

 しかしながら、レトロウイルスは見つかるものの、その変異ウイルスは齧歯類で見つかっておらず出所不明。 

 居住基地民の過去からウイルス感染で最も疑わしいのは、グルメ・クラブにおいて一部のメンバーがウイルス汚染の肉を食材に使用した料理を加熱不十分な状態で摂ったことによるのではと思われること。 

 したがって、病死患者基地民においてのみ見つかる変異ウイルスがどのようにして発生したが解れば、病気が発生した全体像が明らかになるのではないかということなど。

 

 「月居住区と火星居住区では今日まで地球時代の肉食習慣を捨てきれずにいる人がいるんですね。 

 植物性の人工肉が普及しており肉食の人口は少なくなっていると思われるので、食事が原因とすれば幸い病死は稀であり、特別なケースと言えそうですね。 

 しかし、いい着眼点ですね」

 「病気の急拡大の可能性は低い様だが、発生のメカニズムを知ることは人の肉食が続く限りは予防上重要でしょう」 
 「変異ウイルスが感染するにはレトロウイルスの助けが不可欠とのことなので、レトロウイルスの感染ルートに注目すべきですね」
 「レトロウイルスの経口感染といえば、ホルモン依存性乳癌ウイルスの例があります。 

 母親のげっ歯類はこのレトロウイルスに感染していると、出産時に分泌されるホルモンの刺激により乳腺からこのレトロウイルスが産生されて母乳に混じります。 

 乳幼児は、母乳を採ることから含まれるレトロウイルスに感染します。 

 げっ歯類が成長し出産すると、授乳によりレトロウイルス感染が子孫に受け継がれていきます。 

 授乳がウイルスに感染していない乳母に替われば、ウイルスは子孫に受け継がれません」

 「乳飲児は免疫も未熟ですから、成人と異なり幼くて免疫系も発達途上だったり、なんらかの原因で免疫力が低下していた場合には口から入ったレトロウイルスに感染するかもしれないですね」
 「レトロウイルスの感染ルートを想定しながら、問題のウイルスのモニタリングを進めましょう。 

 一応身の回りの動物としてペットや仕事上に接する可能性のある動物を対象にしましょう。 

 まあ他に目ぼしい手掛かりもないし」

 

 

(次回に続く)