火星居住基地の怪死

 

 

 

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図:研究発表とその後の懇親会でのティーとクッキー

 

  怪死の原因を究明している夏目田博士、外森博士及び柴里博士のグループを中心に、今日までに明らかになった研究成果の発表が公開セミナーという形で行われた。 

  共同研究グループのメンバーの情報シェアだけでなく、若手研究者や異分野でも興味を持つ研究者が参加し交流を促すために公開セミナーの形がとられ、研究発表の後には懇親会が持たれた。 

  ティーとクッキーが用意されて、参加者はくつろいだ雰囲気の中で面識を深めたようだ。

 

  さて、研究者達の努力により、怪死がどのようにして起こったかについては次第に全体像が見えてくる。 

  ついにエンディングが見えてきたようだ。

  

  後少しですが、楽しんでいただければ幸いです!

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目次

第一章:腫瘍の分離
第二章:火星居住基地での奇妙な死者
第三章:遺族への聴き取り
第四章:グルメクラブへの訪問

第五章:食の調査

第六章:死因の調査

第七章:ウイルスと病因(現在はここ!
第八章:エピローグ

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  つまり、牛筋肉細胞を移植したげっ歯類の体の中で発生した変異ウイルスが、ヒト体内に入ると(異種指向性レトロウイルスの助けを借りてヒト細胞に感染し、ウシ細胞を殺したようにヒト細胞も殺した結果居住民の怪死が起こったようである。 

  複数のげっ歯類から変異ウイルスが見つかっているが、遺伝子は酷似しており、一匹のげっ歯類で発生した変異ウイルスが他のげっ歯類に次々と感染した可能性もある。

  

(以上前回まで。) 

 

 

  医療の夏目田博士、生化学の外森博士、それに感染症・免疫学の柴里博士の研究チームは集合し、互いの研究結果を示し、意見交換を行うこととなった。 

  その結果、三博士はこの怪死の発生メカニズムに意見の統一に至った。 

  三博士の研究チームのメンバーが一同に会することは稀なので、研究発表の後は親睦会となった。 

  ドリンクと軽スナックで若手研究員達の気分もほぐれたところで、夏目田博士が「火星居住基地の怪死」が起きた背景について推論を含めながら話し始めた。   

  生物センターの移植研究室メンバーも共同研究に加わったので研究発表・親睦会に出席しており、専門分野の異なる特に若手研究者全員に総合研究チームとしての成果を理解して、情報の共有してもらいたかったのだ。 

  また、公開研究セミナーとして広く研究者に連絡しているので、興味のある専門外の研究者も参加しているはずである。

 

  「地球から月に移住した人々は、肉料理の味を忘れられずに当初は小動物を口にしていた。 

  大型動物の月への運搬、さらに飼育は無理だったので、我慢するしかなかったのだね。

  培養肉を製造しようとする試みもあった。 

  グルメでない多くの人々は、植物性の加工肉に満足するようになった。 

  動物肉は高価で、入手が稀でしかも少量だった。 

 

  そんな中で、げっ歯類への細胞移植は別目的で利用されていた研究手法だったが、げっ歯類の体で牛の筋肉細胞を増やせることが食通の人々に知られると、移住基地での新しい食材としての開発を基地指導部にも要望を出すようになった。 

  多くの人々もこれを支持して牛肉の代用と期待するようになった。 

  当初は食品としての安全衛生面から加熱処理を必要とする規則であったが、時間が経ち食習慣になじむと、おそらく次第に衛生観念が薄れ、加熱処理が充分でなかったり、生食したりする者が現れた。 

  一方、移植された動物の体内では移植細胞に栄養を横取りされ次第に体への負担となり、体力の低下に伴い抵抗力も弱くなり、動物DNAに内在していたレトロウイルスを免疫が抑えきれなくなり、感染性ウイルスが出現するようになった。 

  このウイルスは異種指向性タイプと言って、げっ歯類よりもウシ細胞やヒト細胞に感染し易い変わった性質がある。 

  げっ歯類の体内で拡散したウイルスは移植ウシ細胞にも感染し、一部のウイルスはウシ遺伝子の一部を取り込んでしまうようなウイルスも出てきた。 

  取り込まれたウシ遺伝子の中には、生理機能上ウシ細胞に自殺を誘導する遺伝子が含まれていた。 

  この変異ウイルスがげっ歯類の移植ウシ細胞へ感染が拡がり、次々と細胞自殺が起こると移植片は縮小する。 

  げっ歯類にとっては、負担がとれるので次第に元気になる。 

  変異ウイルスにとっては、自分の増える場所がなくなり、おとなしくげっ歯類の細胞の中に潜むようになる。 

  げっ歯類はウイルスに助けられた形だ。

 

 

(次回に続く)